高麗人参を歴史で分析

医学が現代ほど進歩していなかった時代に、豊富な栄養と効果を持つ高麗人参は、世の人々に大きな期待と希望を与えました。
時の権力者たちの心を魅了し、国中に流行らせたいという思いを与えただけではありません。
2つの民族をつなぎ止める重要なアイテムともなりました。

献上品に活用されるほど希少価値が高かったのは、栽培方法が当時の人たちにはまだ難しかったからです。
高麗人参を育て上げるには、肥沃な土でなければいけません。
冷涼かつやや乾燥した土地を好みます。
さらに大量の栄養成分を必要とするために、畑に含まれる肥料分を根こそぎ吸い上げてしまいます。

また、播種をして収穫するまでに、5~6年という長い年月を要します。
その間に1度でも天候不順が続いたりすれば、すぐに苗は消滅してしまいます。
収穫のほどよいタイミングをつかむには、蓄積された経験と勘がものをいいます。
誰にでも栽培できるというものではありません。

こうした事が庶民の間になかなか浸透しなかった由縁であり、著名な人々が何度も栽培を試みるも成功しなかった最大の原因です。
なんと高麗人参1つで屋敷がたったというほどですから、どれだけ高価であったかがわかります。
貿易の担い手として政治に利用され、病に苦しむ人々の憧れの対象であった高麗人参をあたりまえのように摂取できるようになったのは、その昔、8代将軍吉宗のけっしてあきらめない不屈の精神と研究熱があったからです。
ようやく研究が実り正しい栽培法を発見したのは、江戸時代も終わる頃になってからでした。

太古の人々のこうした努力と研究は現代に引き継がれています。
高麗人参には、まだまだ発見されていない成分がたくさんありそうだと言われていますから、今後どのような研究成果が発表されるのか楽しみな部分もあります。
研究者をこれほど惹きつける食材は地球上探してもまれではないでしょうか。
日本に初めてもたらされた奈良時代の人々の衝撃の大きさをうかがい知る事ができます。